北海道胆振東部地震:体験記 2018/9/6

この度の地震で被災された方には、深くお見舞い申し上げます。

私達は9/2(日)~9/7(金)まで夏休みで
札幌駅南口の某TYホテル5Fに5泊宿泊していました。
9/2(日)午後からの飛行機で新千歳空港に着き
いつもの空港内の中華の美味しい、紅虎餃子で、マーボー豆腐やレタスチャーハンを食べ、夜もホテル近くで牛タン、
翌日は私の友人と妻とで、焼き鳥、更に翌日は妻の女子下位に乱入(いえ、誘われました)。今度は豚肉料理と
3日間、牛、鳥、豚で私のお腹は妊婦のようになり
(元からだよ:妻談、うるさいわ:夫談)(笑)
そして地震の前日、劇団四季サウンド・オブ・ミュージックを
観て感動して、さすがにこの日は休肝日にして
日が変わって、9/6(木)0時半頃就寝。

そして、午前3時過ぎ、中央区は震度5弱
叔父在住の東区、妻の弟在住の北区は震度6弱の
地震が襲ってきたわけです。
網走は、ほとんど揺れなくて震度1あったか、どうかだったようで、ほとんどの人は朝起きて何故停電?となったようです。
うちらは、5Fの部屋なんで、それはそれは揺れ、少しだけ死の恐怖を感じました。水洗トイレの底に少しだけ入っている水が、ユニットバスの床にあふれましたからねぇ・・・・。
これを言うと揺れの具合が理解出来ると思います。
でも実際は13分ほど電気や水も出たので、そうでもないのかと水も為なかったのが大失敗でした・・・・。
  
写真のようにNHKのニュース呑気に見て、写真まで撮ってダメですねぇ。三枚目の写真は完全に消えた後、ホテル非常灯が点いて、ちょっと明るすぎて寝れないなぁと思っていたら、午前4時頃にはそれも切れ、あとは翌日まで薄暗い部屋で電気、水遮断でチェックアウトまで耐える事に・・・・。

部屋が、ビジネスツインという安くて超狭い部屋で。
  
部屋は、まずドアを引かないと開けれなく、それだけ中が狭いです。ドア開けて正面にユニットバスです。ビックリと、第一声は、二人して狭っ!そして、何この部屋??
まあ、写真でちゃんと確認sてなかったし、予約したのも3月だったので・・・・。
ベットサイドに注目!めっちゃ狭く30cmくらしか隙間なく、反対側は壁です。その上にどういうわけか、各部屋にエアコン装備。でも冷蔵庫は1個。窓も小さく昼間でも照明必要で
しかもホテル自体も古く、廊下や部屋が暑く、札幌もこの時期、短パン半袖,裸足にクロックスでOKだったので、出掛ける時は必ず除湿かけて行きましたね。
ホテルも裏通りで、周りがビルに囲まれ、停電になってからは、ロビーも真っ暗でそこで、少しばかりの朝食食べました。
もちろんエレベーターも動かないので、薄暗い手摺が埃だらけの非常階段、5往復はしましたね。
手摺り、みんな触っているうちに、最後は手垢でテカテカになってましたがね(笑)
地震当日も掃除の人来て居て、ドアを廊下側に開けなくてはならないので、薄暗い廊下で妻がドアノブなどに、肘を強打して大変でした・・・・。
地震当日は、余震もありあまり寝れなかったですね。
いちを朝食付きプランだったので、私は呑気にそのうち
館内放送(緊急用)かかると思って、朝7時半まで部屋に
居たのですが、妻が体も弱いため低血糖とか成りやすいので、緊急時の時の妻はよく機転が効き、普段は私の方が断然しっかりしているのですが、いざとなると男はだめですね。
部屋で待っていたら、ご飯無くなると、非常階段で降りたわけです。まずねぇ、ご飯係のおばさんが二人も居て、ビックリ。どうやってホテルに来たの?それとも昨夜から泊まってるの?肝心のフロントがいつも女性一人くらしか居なくて
全然対応がダメでしたねぇ・・・・。

そして、地震のあった日の出来事です。
ロビーにあった自販機開けて、中の飲み物取れる分だけ売っていたので、妻にお茶買って来てと言われても
呑気な私は「お茶なんかどうする?」と。
妻が、カテキン入っているから、歯みがきや手を洗えるしょと
最後の2本買って、先にご飯食べてぼけーっとしていると
妻はなんと言っても低血糖(糖尿ではありません、ホルモンが出ない病気なもので)が心配で、コンビニで食糧買ってきてと、「おれも言われて、おーそうだ!」と
一番近いセコマヘ。
薄暗い店内に既に30人くらいの長蛇の列(^_^;)
暗くてさっぱり分からない中、パンやお菓子を大量に右手に持って、あとは列の反対の飲み物だけど持てるかなぁ・・・と
考えて居ました。入口のレジから反時計周りに並んでいて
セコマはすごいですね、レジがちゃんと稼働していましたよ。
自家発電で小さい電気も点いていますが、奥は真っ暗。
ジュースの手前辺りで店の人が、カゴ1つありますと言ったので、真っ先に私が下さい!と言って近くの人より早かったので、1個だけあったカゴ確保。カゴなんでないの?
前に居た御夫婦の奥さんが、カゴ持ってきて羨ましかったですが、これで飲み物買えるぞとパンとお菓子どっさりカゴに入れました。その前の奥さんがスマホで照らしてくれて
水ありますよ、と言ってくれたんですがご主人がスポーツドリンクだねと・・・。まあなんでもいいので、缶コーヒーやファンタの大きいのとかポカリ買いました。
まあ、私達は明日チェックアウトなんで、その分としては
ちょっとパンが足りなかったけど、お菓子やジュースは余りましたね。前の御主人が乾き物買っていたけど、自分でもこれだと喉乾くかなぁ・・・と。でもあとあと、しょっぱいものに体がすごく飢えて、水分が余りトイレの関係で取れなかったせいだと思いますね。
沢山買い込んで部屋に戻っても薄暗く
朝方寝れなかったので、午前中寝てましたね。
スマホで昨日観たサウンド・オブ・ミュージック聞いたり
ラジコで窓際でとぎれとぎれニュース聞いたり。
充電池は、ポケモン用に4回満タン充電出来るスマホより大きいのと、もう一つ2回半分くらい充電出来るのがあったので、まずは小さい方で大事に使ってましたね。
朝外出た時も、外でも全然電話、Line、メールもダメでしたからね。

  
行った翌日から楽しくポケ活していたんですけどね。
午前10時半から道庁道庁赤れんが前でレイドやったり
市役所周辺とかやっていましたねぇ・・・。

そして昼に買って来たパンを妻は1個のみ。さすがにあまり食欲もなかったようですが、私はちゃっかり2個食べました。
しょっぱいのが少なくて、ちくわパンが美味かったですね。
水も出ないから、ロビーで買った緑茶で手を洗ったり、歯を磨いたり、顔はお手拭きシートが沢山あったので
それで顔や、手を拭いてました。あとは部屋のバスタオルでね。汗かっきなんで私はボディシートも沢山あったので
助かりましたが、なにせトイレが使えないのであまり
水分摂れないのが大変でした。妻なんかこの日トイレ3回しか行ってないですからね。
あとで緊急放送で給水所が、どこだかにあると言われても
歩きで5L以上あるの持って来るのも大変だし
少しくらいトイレ流す分くらい持って来て欲しかったですね。

地元のRIホテルは、まあ大浴場の水使ったり、給水所に取りに行って水配ったり、レストランもあるからガスでご飯炊いておにぎり配ったそうです。
うちらのホテルはガスも無いようでした・・・。
ウトロのホテルなんか、よく冬に停電なるから自家発電もほとんどのホテルあるらしく、市民に大浴場無料開放したり
料金も災害時割引適用したらしいです。
うちらのTYインはまったく割引もなく、普通は5F以上でエレベーターも使えない時は適用なるようです。
当日宿泊の人は5%引きと貼り紙してあったけど
既にカード払いしている人はならないとか、言われている人居ましたね。うちらもその時は災害時だから仕方ないかと思っていたのですが、そうではなかったようですね。
さすが社長が東急インと間違えて宿泊するようにと
名前付けただけあってセコイです。TVで社長言っていました。まあ5%って300円くらいですけどね、セコっ!
半額くらいにしてよねぇ・・・・。
もう二度と泊まるの御免だけど、ハワイ帰りに泊まった
成田では広い部屋で良かったけど、送迎のマイクロバスが小さく、中国人だらけで大変でした・・・。大型バス用意してほしいっす。
  
札幌も9月はまだまだ夏。3日目から寒がりの妻でさえ、短パン、半袖、私は裸足にクロックス、でした。
だからシャツが足りなくなり、毎日2枚着るものだから
最初はユニクロのピヴォ店で、ミッキーマウスの990円(税抜き)のTシャツや、エスタ店のユニクロも行ってましたね。
ドラゴンボールのTシャツも買ったり(笑)

2枚目は母と妻。3枚目は鍼灸マッサージ学校時代の恩師。2日目に妻と三人で焼鳥屋へ。
1年生の時のマッサージの先生です。
と言っても私より2歳若いです。先生は全盲で、学生時代から飲み友達で、学生時はおごってもらい就職してからは私が出してました。もう先生に習ったのは平成7年ですね。
でも5年以上ぶりに会いました。開業したころは、毎年ずっと会ってたんですが・・・。

話は脱線しましたが、ここまで読んで頂きありがとうございます。昼ご飯食べてぼけーっとしていたんですが、ずっと部屋に居ても息苦しいので、余震は怖いけど
午後2時頃外に行ってみることに・・・・。

さすがに車通りも少なく、タクシーもまばらでしたが走ってはいました。
  
さすが大都会札幌、時々自家発電の信号機が作動していたり、おまわりさんが交通整備していたり、でもほとんどは
何人か集まった所で、思いっきり大きく手を挙げて5人くらいで命がけで横断歩道渡っていました。
いちをバスターミナルも近かったので行ってみましたが
当然全面運休の貼り紙が・・・。テレビ塔も消えて居たんだけど、あとで振り返ったら点いていて、その電気こっちにまわせよ!と腹立ったけど、あとでまた消えたみたいですね。
その辺に腰掛けてぼけーっとしたりで、1時間くらいは外の空気吸って、妻もだいぶ気持ち的にも楽になったようで
あのまま薄暗い部屋にいなくて良かったです。
天気も曇り空で非常階段も薄暗い、ロビー、廊下は真っ暗なんで、夕方5時半にはもう部屋に引きこもりました。

それなのに若い5人組み(うち一人女)くらいが
部屋でめちゃくちゃ騒いでいて、窓から漏れて来て
水も、電気も無いのに何が楽しいの?
トイレ溢れるんだよ!でも7時過ぎくらいにはさすがに
静かになり、妻もまたパン1個食べて寝ちゃいましたね。
私はラジオで聞いた、ペットボトルを懐中電灯とかで照らすと明りが広がるとのことだったので、部屋の非常用の懐中電灯あててるうちに、まずはパン1個食べてから後でもう1個と思っているうちに、私も8時前には寝ちゃって夜中懐中電灯消えて真っ暗で、また壁にさしておきました。そうしたらまた少し点くのでね。
まだまだ余震があるので、ラジオで言っていたのですが
服で逃げれるように鞄も荷物まとめて枕の横に置いて
寝てました。

夜中2時頃ふと目が覚めてスマホ見ると、東区の叔父や白石区の妹からメールの返事が来ていて、ほっとしました。
翌日チェックアウトだけど、まだ帰れないので
まずは妹宅に泊めてもらおうとっメールしたのですが
タクシーも少なく拾えるかわからないので
古希の叔父に送ってもらおうとメールしてたわけです。
連絡つかなかったら、中央区から白石区まで歩かなきゃならないのかと思っていましたからね。
妻がそれを一番心配していて、スーツケース2個、シャツ沢山買って満杯で、本当はクロネコで往復便お金払っていたんだけど、帰りはいつ集荷かわからないし、汗臭い着替えたシャツがカビても大変だし(^^ゞ(笑)
朝起きた時に、妻に叔父チェックアウトの10時に来るよと
言ったらすごいほっとしていましたね。(^O^)

叔父と言っても母の7歳下の弟なんで
私とは16歳しか違わないので、20歳過ぎくらいから
叔父さんと呼んでいましたね。叔母さんなんか13歳くらいしか違わないしね。

妹は独身で一人なんで、そこに母も遊びに来ているので
母にもメールしたのですが、水は出ているとメールが届いたのですが翌日朝電話通じても、母の携帯の充電がほとんどなくなっていたため、室内じゃほとんど圏外だから
繋がっても一言言って切れちゃいました・・・。
母もタクシーで来ると思っていたようですからね。

そしてチェックインの朝は、もうキャベツの千切りとか
煮つけの残りのみの食事で、近くの東急デパートで
炊き出しやっていると聞き、行ってみることに。
東急デパートに長い人の列があったけど、なんか充電させてもらっているかと思って、東急デパートでやっていると思ってグルっと周ってもやはりそこしかないんで、よくよくみると
一度ご飯無くなって、また炊くのに40~50分ほどかかると言われ並ぶことに。
でも最初に見た時よりだいぶ列も長く、うちらの分あるかなぁ・・・と思っていて並んでいました。
その時うちらのすぐ後ろに関西弁分のおばちゃん3人、そのこで知り合ったばかりなのに、まあまあよくしゃべる上沼恵美子みたいな感じで。でもいろいろ情報知っていて
札幌駅のトイレ使えたよとか、午後から千歳空港動くとか?
一人は10Fの部屋だけど、水は出るとか。
一人のおばさんは、スマホバッテリー充電器8個もあるとか。(すごい)一人若めに聞こえた30代後半風の女性は和歌山の方の人とかで、小樽からフェリー予約したけど
小樽までどうやって行けるのか?とか。一番しゃべるおばちゃん、バッテリー8個の人は大坂の息子に飛行機チケット取ってもらったけど、千歳空港どうなのか?とか。
でも私は腹減って居たのであまり聞いてなかったけど、妻はしっかり耳をダンボにして聞いていたようです。

一番は早く動いたのは市電で昼からで
地下鉄も最初昼からと言っていたけど、午後2時半頃再開してました。まさか次の日に動いてビックリでした。
3日くらいは帰れないかと思っていたので・・・。


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